Quantcast
Channel: 残雪、もとめて
Viewing all articles
Browse latest Browse all 71

懐かしの琴の音

$
0
0

渋滞も気にすることなく、

人出も、気にすることなく、気ままに過ごそう、と奈良と明日香へ向かう

いつものように、「散歩気分」で...


それでも、この暑さの中では、歩き回ることはかなり辛い

元来、暑さの苦手な私なので、すぐに木陰を見つけては腰を下ろす


あらためて、観光気分ではないぞ、と自分に言い聞かせ

あたかも、近所を散歩するかのように、ぶらぶら、と


鷺池は、久し振りにその池畔を歩く

奈良公園の中でも、そこは「窪地」のように一段と低くなっており

斜面から生える樹木が、池を優しく見守っている

そんな木陰に、多くの鹿が暑さを逃れるように休息しているのが、

いかにも私のような、ものぐさを見せてくれて、親しみを持ってしまう

 

 

この池畔には、「水琴窟」があり、何度か子どものように鳴らしては一人悦に入っていたものだが

今回は、その名の通り、「琴の音」を味わいたかった

柄杓の水を、足元の砂利に注ぐと、少し間をおいてから、

確かに、琴の音のような乾いた音が響く...懐かしの琴の音

 

  


幼い頃の記憶だが、伯母が琴の教室を開いていた

そこには、数張の琴があり、ときどき好奇心にかられ、見よう見まねで遊んだ

しかし、その私が鳴らした「音」など、まったく覚えていない


今、この「水琴窟」で響く「音」は、私のいたずらよりも、はるかに美しく響いているのだろう

そんな感慨に耽りながら、そばに人がいないことをいいことに、

何度も何度も、水を注ぐ

いししえを偲ぶ「水琴窟」が、私自身の「いにしえ」を思い出させている

 


猿沢池に辿り着き、そこの池畔に安らぐ人たちを横目に、

「もちいどの」のアーケード街への小道を下る

盆休みの最中、多くの店は閉まっているだろう、と予想していたが、

その予想に反して、ここでは普段通りの佇まいを見せている

勿論、いつもよりは人出も少ないが、それは私にとってはありがたいことだ

すれ違うことに、体をよけながら歩く、という気遣いをしなくてすむ

そして、まったく期待もしていなかった数店の古書店すべてが営業していた

この日は、まったく購入予定もなかったので、意表を突かれた感じを持ったものだが

開いているとなれば、もう入るしかない

そして、どうしても欲しい、揃えたい、という欲望と闘いながら

いや、また手荷物になるのはごめんだ、と言い聞かせ

それでも、せっかく奈良を歩くのだから、せめて「万葉集」一冊くらいは、伴にいいではないか、

そう自分に納得させ、それでも普通の図書館ではおそらく読めないだろう「万葉集釈注」を一冊

全巻揃えでは置かれていなかったので、分売されていて、ほっとした

こんな風にして、古書を少しずつ買い漁ってしまう...

私の部屋が、いにしへ人の時代から、間断なくその先人の言葉で充ちる様が、何故か嬉しくもある


三条通りを歩いて、いつもの珈琲館でひと休みしてから、今度は明日香へ向かう

夏の陽射しは、たしかに堪えるが、それでもときどき雲に遮られると

その暑さも、一気に収まってしまう

まるで、マジックだ


明日香に向かいながら、明日香の夕暮れを想う

高松塚の高台から、この夕暮れを見ることが出来たら、今回の「散歩」は、充分意味があるものになる


高松塚に行く前に、石舞台に寄ってみた

棚田の夕日も綺麗だろうなあ、と期待しながら...

明日香は、どこを歩いても「明日香」だ

ただし、京都などのような「観光都市」を標榜しない「明日香」として、私は惚れ貫いている

田園風景に点在する、質素な史蹟群

明日香風になびく木々のささやかな営み

静かな時間と空間...それが「明日香」だ


しかし、その意に反して、今回の石舞台では驚かされた

万葉文化館を通り過ぎ、岡寺の坂を上って石舞台に下りると

そこには、まったく想像もしていなかった人手

初めて見る、その賑わいに、面食らってしまった

何でも「あすかふるさと夏祭り」のイベント会場になっていた

どこも駐車場は「満車」状態で、狭い道では路駐もできず、仕方なくユーターン

このとき、ふと過ぎるのが、高松塚ではどうだろう、との不安

しかし...

 

 


駐車場には、一台の車もない

第一駐車場は、時間的にすでに閉まっており、第二駐車場、第三駐車場は...

何とか、封鎖されておらず、助かった!

やはり、明日香の高松塚、我儘な私をいつも優しく迎えてくれる


車から降りると、すでに西日は沈みかけている

駐車場の木々の隙間に、辛うじてその気配を感じさせている

誰もいない高松塚...石舞台のような賑わいもなく、今日は、ここだけが「明日香」を語ってくれる


広々とした広場を一瞥して、さっそく高台に上る

見せてくれた...間に合った

射し込む西日が、木々と同じような高さになると、

そこは、もう「幽玄の明日香」になる

 

それに、今年初めての「ひぐらし」の鳴き声を聞く

まさに、「暮れる明日香」に相応しいその鳴き声

大阪では、ひぐらしはなかなか聞かれず、つくつくぼうしが一般的だが

ここでは、あぶらぜみに混じって、微かに、しかしはっきりと、ひぐらしが鳴く

万葉の時代から、同じように受け継がれてきた、このひとときを

現代人である私もまた、同じように感じている

激動の時代だったことは想像できる

しかし...今ではすっかり最古の「都」などという名さえ薄れがちなこの故地は

それゆえに、「もっともふるい都」を、そのまま残せしているはずだ

 

 

 

 

 

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 71

Trending Articles